当たり前の事が当たり前でなくなった時、感謝の気持ちで一杯になる

うつ病のときって、自分のことで精一杯で、人に感謝とかありがとうという気持ちなんて、なかなか湧いてきませんよね。

いつも自分や他人を責めてばかりで、そんな自分が嫌で余計落ち込んでうつ症状に陥る。で、益々他人や自分を責めるという悪循環。

この悪循環を断ち切るには、物事の見方や考え方を変えるしかないということは、うつ病であろうがなかろうが、きっと誰でも分かっているはず。

今回は、いつも当たり前に行っていたことが、ある日突然当たり前でなくなり、感謝の気持ちが湧いてきた、という私が最近体験したことをまとめました。

みなさんの日常についての見方が、ほんの少しでも変わるといいです。

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▐| 突然奪われた、当たり前のこと

年末年始を友人宅で過ごしました。1ヶ月という長い滞在でしたので、その間できるだけ家の掃除や家事を手伝っていました。

滞在も半分を過ぎた頃のことでした。いつものようにリビングルームや廊下を掃除機で掃除していたとき、友人の父親に怒鳴られたんです。

「家を掃除しなくていい。掃除機をかけるな」

最初は何を言われたのかよく意味が理解できませんでした。友人の父親は人格障害のある方で、他人と社会生活を営むのは苦手と、本人も認めています。

とにかく掃除するなと言われたので、その場で掃除機を止めました。この家のローンや光熱費を払っているのはその父親なので、言うことを聞かないわけにはいきません。

それから2週間、友人宅を掃除機することはありませんでした。

大の大人が4人、室内ペットが2匹、しかも寝室やリビングルーム、廊下など、家の中のほとんどの部分がカーペットです。室内ペットといっても、外へ散歩するし、庭で用を足します。その足でそのまま家の中に入るのです。

2週間も掃除機をかけないなんて、私にとっては耐えられませんでした。

普通なら、自分の家を掃除してくれてありがとうと、感謝されてもおかしくない状況だと思うのですが、逆に怒鳴られたのでした。

私にとって掃除機をかけるのは、日常当たり前のこと。毎日はしませんが、大人4人、ペット2匹、しかもカーペットなので、3日に一回は掃除機をかけたいところでした。

このようにして、掃除機をかけるという、ごく当たり前のことが、ある日突然奪われたのでした。

▐| 何気ない日常のことに感謝する

友人の父親に掃除禁止令を発令され、しばらくは怒鳴られたショックより、人に大声で怒鳴るだなんて、気の毒な人だなと、この父親が可哀想でした。友人の母親が私に申し訳ないと泣いていたことも、頭を離れませんでした。そして目につくホコリや小さなゴミ、人の髪の毛やペットの毛。

しかし数日が過ぎた頃、ふと違う感情に私は包まれたのでした。

普段自分の自宅で何気なく行っていた、掃除機をかけるという行為。何気ない日常ですが、掃除機をかけることができるというのは、ものすごく幸せなことなんだなと、思うようになったのです。

自分で掃除機をかけたいときに、かけることができる。そんな自由があること。

これってものすごく幸せなことだと、掃除機をかけるという日常を奪われて、初めて気がつきました。

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▐| つぶやきとまとめ

この掃除機の話を友人にすると、「そんなふうに考えたことなかった」という回答が。

当たり前だと思っていることを疑ってみよう、とよく聞きます。

小さい家だけど、住む所があるのはありがたいこと。
古い車で、しょっちゅう修理が必要だけど、車があることはありがたいこと。
目の前に座っているだけのような人だけど、一緒にご飯を食べる相手がいるのは、ありがたいこと。

確かにそうです。

しかし、こういったことに加え、日常の何気ない行動、しかもどちらかというと面倒だなと思っている行為、そういったことにも、それをすることができるというのは、感謝すべきこと。

今は、掃除機をかけることができる、そういう選択が自由にできることに、感謝しています。

それからそのことに気づかせてくれた、友人の父親にも感謝しています。

今まで感謝したことがなかったことに感謝するようになると、とても穏やかな、うつとは真逆の心理状態になります。

友人のお父さん、ありがとう。

以上、当たり前のことが当たり前でなくなるとき、人は感謝の気持ちでいっぱいになる、というテーマでした。

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