マインドフルネス瞑想とは何か?意味や定義を解説!英語の意味は?

最近テレビや雑誌で頻繁に取り上げられ、かなりその名が知られるようになったマインドフルネス瞑想。

日本マインドフルネス学会も2013年12月に設立されました。

瞑想というと、仏教という宗教に置ける修行の一つと思っていた節がありましたが、科学的にもその効果が立証され、名前もマインドフルネスという横文字が与えられて、何だかカッコいい。

しかし一体そもそもこのマインドフルネスとは何?私たち日本人が知っている、お寺で座禅しながら行う、あの瞑想とはどう違うのでしょうか。

今回はマインドフルネスとは何か、その意味や定義を分かり易く説明します。

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▐| 気づき?日本マインドフルネス学会による定義とは

子供座禅会というのがお寺で開かれて、小学生の頃、夏休みの課外授業として参加しました。

座禅を組みながら瞑想をし、住職が私の後ろを歩くたびに緊張したものです。

「頭の中を”無”の状態に。何も考えないように」

と言われれば言われるほど、昨夜何食べたっけ?なんて様々なことを考えてしまいました。

おそらく私たち日本人にとって瞑想というと、こういったお寺での座禅を組むことを思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。

日本マインドフルネス学会では、マインドフルネスとはこのような禅の考え方をベースにし、その定義を

今、この瞬間の体験に意図的に意識を向け、評価をせずに、とらわれのない状態で、ただ観ること

そして“観る”とは、見る、聞く、嗅ぐ、味わう、触れる、さらにそれらによって生じる心の働きをも観る、という意味である。

としています。

またマインドフルネスを

「気づき」

と定義されることもあります。

今の自分は何を考えていて、何を感じているのか。離婚の機器にあって、とてもイライラしているんだな、とか、病気になって仕事を続けられなくなり、この先どうやって食べていこうと不安なんだな、とか。それをそのまま受け入れる。そう思っている自分を、そのまま受け入れる。

ただ日本のメディアに登場する、日本マインドフルネス学会代表の方の話を聞く限りでは、彼らの言うマインドフルネスとは、日本の禅を一番のベースにしているんだなという印象を受けます。

▐| そもそも英語でマインドフルネスって、どういう意味?

英語でマインドフルネスmindfulnessとは、元々どういう意味なのでしょうか。

「マインド mind」とは、

■ 知性、知力、創造的思考力
■ 心のあり方、考え、意向

という名詞の他にも、動詞で

■ 注意を払う
■ ~に気がつく

という意味もあります。

そしてマインドフルネスmindfulnessの「フルネス」とは、一杯の状態のことです。

ですからマインドフルネスmindfulnessとは、思考が何かで一杯の状態ということになります。気づきまくっている状態。注意を払いまくっている状態。

マインドフルネスmindfulnessという英語本来の言葉の定義の他に、ここに心理学的などの学問的定義が加わります。

例えばマインドフルネス瞑想法の一つで、食べるマインドフルネスというものがあります。これは今食べようと目の前にしている食べ物をじっくり見て、形、色、大きさ、固さや柔らかさ、また匂いはどうなのか、きつい匂いか、おいしそうなのか、などじっくり観察し、その食べ物を一口口に入れて、食感は?味は?温度は?固さは?などをじっくり吟味します。

つまり、目の前にあることや物をじっくり観察し、そのことだけで頭を一杯にしている状態。今、ここに、目の前に、食べ物があるということ。その「今」「ここ」の状態で頭の中が一杯になっている状態。

Eat your chocolate mindfully.
チョコレートをマインドフルネスに食べなさい

というと、チョコレートまずじっくり見て、次に一口かじり、味や食感、そして食べている音、口の中の温度など、五感全てで感じ取り、観察し、頭を「今」「ここ」で起こっていることで一杯にします。マインドが今チョコレートを食べているということで一杯。

甘い物食べたら太るな、とか、アーモンドチョコじゃなくて生チョコを買えば良かったな、とか、これ食べたら歯磨きしないとな、とか、そういう「今」「ここ」で起こっていることとは関係ないことは、考えてはいけません。

マインドフルネスmindfulnessの語源といいますか、本来の意味がお分かりいただけたのではないでしょうか。

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▐| 「無」と「思考が一杯」は矛盾する?

私がマインドフルネス瞑想法を始めたとき、日本の仏教の禅をベースにしたマインドフルネスと、マインドフルネスという英語での本来の意味が、どうしても一致しませんでした。

私にとって禅とは、先程もお話ししましたように、小学生のときに体験したお寺での座禅会です。あのときの実際に行った座禅と、このマインドフルネス瞑想は、全く別物。どうやったらこの2つが重なるのか。似ているところは、半目を閉じて静かにしていること、そして「今」「ここ」が全て、ということです。

でも座禅では、「無」になれ、何も考えるなと言うし、一方のマインドフルネス瞑想では、マインドはフル、つまり一杯の状態。

ですから禅をベースにしたマインドフルネスは、

 mindlessness
 マインドレスネス

と訳されるべきだと思っていました。

しかしマインドフルネス瞑想を実践し、色々勉強していくうちに、最近ようやく分かったんです。禅がベースのマインドフルネスでは、マインドは、「無」でフル(一杯)の状態することなんだと。

頭の中は、「無」で一杯

マインドは、「空(くう)」でフルの状態

なんだと。

ようやく合点が行きました。

ガッテン。

▐| まとめ

マインドフルネスとは何かという問いに、「気づき」と定義されることが多い気がします。おそらく学会でそのように定義されているからだと思いますが、何となく掴みどころがなくて、いまいち理解できないという声を聞きます。

しかしマインドフルネスという英語の言葉の意味そのものを考えると、決して難しいことではありません。

禅では過去や未来よりも、「即今」「此処」を大事にします。「今」「ここ」を充実して生きること、それが禅に生きること。

私たちが悩み苦しいのは、まだ起きていない未来のことを心配して不安になったり、起こってしまった、変えようのない過去のことに囚われて落ち込んだりするからです。

懸念していることのほとんどは、実際には起こらないし、起こってしまった過去のことは、どんなことをしても変えることはできません。

それして私たちが実際に生きることができるのは、生きていると実感できるのは、今、この瞬間だけです。

禅のそのような考えが、マインドフルネスとは何か、という問いの答えではないでしょうか。

▐| つぶやき

マインドフルネスの意味や定義が分かっても、実際に行うとなると、これが中々難しかったりします。

人は常に考える生き物なので、「無」になれと言われても、ついつい何かを考えてしまうんですよね。「無」になれと言われれば言われるほど、考えてしまう。

でもそれでもいいんです。

雑念が浮かんでも、マインドを「無」で一杯にできなくても、全く構わないんです。

マインドフルネスの実際のやり方については、別記事で詳しくご紹介します。

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