見返りを求めないで与えることloving kindness 本当の愛情とは何か

今回は、本当の愛情とは何か、という、ちょっと重い(?)テーマです。

愛情というと、目に見えない分、とても抽象的に聞こえますが、これを具体的に考えてみたいと思います。実践的で、目に見えるような形にまで、具体化して考えてみました。

このブログが、マインドフルネス瞑想にまつわるので、マインドフルネス瞑想法において、愛情とはどのように解釈されているのかも、解説します。

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▐| giving away、愛情とは与えること

私が通う瞑想センターでは、45分から1時間のマインドフルネス瞑想中、最後の数分間をloving kindness瞑想に費やします。

そういう背景もあり、本当の愛情とは何か?について時々話しをします。

結構深いトピックで、答えるのに難しいと思うのですが、マインドフルネス瞑想のクラスの参加者のみなさん、きちんとご自分の意見をお持ちで、とても感心させられます。

そして参加者の方の意見を総合すると、大体同じ答えにたどり着きます。みなさん同じようなことを考えているんでしょうね。

愛情とは何かの、共通した考えは、

与えること

です。

これを聞いて思い出すのが、デザイナー小篠3姉妹の母親、小篠綾子さんの言葉、

貰うより、与える方が得

です。

小篠綾子さんはキリスト信者で、聖書にもある、基本的でかつ真髄をついた考えですよね。

個人的にはキリスト教というと、

「与えなさい、許しなさい」

という言葉を思い浮かべます。小篠綾子さんの言葉にも共通します。

見返りを求めたり期待したりしないで、与えること。それが愛情であり、実はそれが自分が得られる一番お得な方法。

しかしこれは何もキリスト教に限った考え方ではありません。

因果応報(どちらかというと、悪いことに使われがちですが)とか、情けは人のためならずとか、良いことをすれば、それが巡りに巡って自分に返ってくる。

でも最初から自分へ返ってくることを期待してはいけないのが、難しいところですよね。

ついつい、お返しは何かな?なんて期待しちゃったりして。そうなると愛情ではなく、交換になってしまいます。プレゼント交換、物々交換。

▐| 与えるとこととは?loving kindness

愛情とは与えること。

この考えで、マインドフルネス瞑想のクラスでは満場一致するのですが、では具体的に、与えることとはどういうこと?という疑問が湧いてきます。

マインドフルネス瞑想法で、loving kindness という考えがあります。

Loving kindness は「慈愛」と辞書にありますが、私はこの訳が嫌いで、「友愛」と訳す方がしっくりきます。

慈愛って、宗教っぽくって嫌なんです。

とにかくマインドフルネス瞑想法では、この loving kindnessが世の中に広まっていくといいな、という願いがあります。

あなたから発信された愛情が、隣近所の人に伝わり、街全体に広まり、やがて国を越えて、世界中に広まり、世の中全体が幸せで平和になるといいな、という考えです。

分かり易く、噛み砕くとそんな感じです。

数年前に、確か保険会社のコマーシャルで、一人が誰かに小さな親切をすると、親切にされた人がまた別の人に親切にする。その人はまた別の人に親切をして、親切の連鎖が起こる。そんな内容でした。

まさにそんな感じに親切の輪が広まっていくのです。

私たちが日常何気ない親切を見知らぬ人にしているとき、特に見返りは気にしていないと思います。

例えば、スーパーのレジでお金を払うとき、1円足りない。すると後列の人が1円をくれた。決してその人は「後で一円、利子付けて返して」などとは言わないし、返金してもらおうなんて思ってもないでしょう。

バス停でバスの時刻表を見るけど、字が小さくて読めないシニアの方に読んであげたとき、あなたはお返しなんて期待しないでしょう。

そういった毎日の何気ない小さな親切は、見返りを求めないし、そんなことイチイチ考えたりもしません。

それは、親切をした相手が、見ず知らずの人であることが多いからです。

親切したお返しを貰うため、メールアドレスや携帯の番号を交換したりしません。見ず知らずの人に個人情報を教えるようで、怖いですしね。

それが見返りを求めないで与えること、つまりgive away —与えてそのまま持ってけ— の愛情であり、loving kindnessということです。

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▐| つぶやきとまとめ

先程述べました保険会社のコマーシャルで、なぜloving kindnessの内容だったのかと考えたら、その理由が今分かりました。

保険のシステムこそ、loving kindnessだ、というメッセージだったのでしょうね。保険会社のコマーシャルって、この手のものが多いですよね。

福祉大国であるフィンランドの女性が、「自分は健康だから、保険料を払ってもあまり医療サービスを受ける機会はないけれど、必要としている人たちに分配されればそれでいい」と話しているのを、テレビで見たことがあります。

パリに行ったとき、地元の人たちに福祉や保険、医療制度について尋いたときも、同じような回答をしていました。

一方で、タバコを吸わないアメリカ人の友達は、「どうして、タバコを吸う人たちのために、自分が保険料を払わなくてはいけないの」と、オバマ政権下で保険料が高くなるときになげいていました。

確かにタバコを吸う人は健康上のリスクが高くなるので、吸わない人に比べたら、保険を使って医療サービスを受ける確立が高くなるかもしれません。

しかしそのアメリカ人の友達は肥満で、これもまた大きな健康問題です。喫煙者のために自分が払った保険料が使われるのは公平ではない、と思う彼女の気持ちは分かりますが、おそらく太っていない人から見れば、肥満の人たちのために自分が払った保険料が使われるのは公平ではない、と思っているのではないでしょうか。

さすがにそんなこと、その友達に言えませんでしたが。

見返りを求めないで与えること、その精神がないと、保険のシステムって、とても不公平にしか見えませんもん。

次回はもっと身近で、親密な人間関係における愛情とは何か、というテーマです。

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